会社が支出した資格取得費用の返還請求の可否
2022.12.28
当社は,運送業を営む会社です。
このたび新たに大型トラックのドライバーを募集することにしたのですが,慢性的な人不足のため,多くの人に応募してもらえるように大型トラックを運転するための免許を保有していない人も応募できることとし,そのような方が採用された場合は,入社後に当社が費用を負担して大型免許を取得してもらうことにしました。
幸い,これにより3名が入社し,このうち大型免許を持っていなかった2名については当社が約30万円の費用を負担して大型免許を取得してもらったのですが,このうち1名が,業務を開始してから3か月も経たないうちに会社を退職すると言い出しました。
募集要項には,1年以内に退職する場合免許取得にかかった実費は返還してもらいますと記載していたのですが,その方は,そのようなことをするのは違法だと言っています。
当社は,免許取得にかかった費用を返してもらうことは出来ないのでしょうか。
今回の事案では,会社からの費用返還請求が適法とされる可能性は高いと考えられます。
これまでも,使用者が負担した留学や資格取得の研修等にかかる費用を返還させることが労働基準法16条に定められる違約金・損害賠償額の予定の禁止に抵触しないか,たびたび問題となってきました。
過去の裁判例は,
①留学・研修参加の自発性・任意性
②留学・研修先決定の自由選択性
③留学・研修の内容の業務との関連性
④留学・研修の経験の労働者個人にとっての利益性(社会的汎用性)
などの経緯・内容等に照らし,
(a)当該企業の業務との関連性が強く労働者個人としての利益性が弱いと認められる場合には,16条違反に該当し,他方,
(b) 当該企業の業務との関連性が弱く労働者個人としての利益性が強いと認められる場合には,16条違反に該当しない
と判断する傾向があります。また,返還免除基準(免除期間等)の合理性や,返還額・方式の相当性も,労働者の拘束・足止めの度合いを判断する要素として考慮に入れられます。
今回の事例と近いものとして,タクシー運転手の免許取得費用の会社からの返還請求事件(コンドル馬込交通事件,東京地裁平成20年6月4日)について,裁判例は,
①免許取得は業務従事上不可欠であるが,同免許は同社退職後も利用できるという個人的利益があるため免許取得費用は本来的には取得希望者個人が負担すべきものであること
②費用が20万円に満たないこと
③費用返還の免除を受けるための就労期間が2年間だったこと
から会社の請求を認めました。
今回の事案も,タクシー会社の免許取得費用補助と同様,「大型免許が必要な職種での募集」に対して応募してきた従業員に対し,費用補助を行ったものであるため,上記裁判例に近いものであり,会社からの返還請求が適法とされる可能性は高いと考えられます。